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東京高等裁判所 昭和63年(う)617号 判決

本店所在地

東京都豊島区東池袋四丁目二七番五号

株式会社

恭和企業

右代表者代表取締役

二木恭男

本籍

東京都豊島区高松二丁目四二番地

住居

同都同区高松二丁目一〇番一〇号

会社役員

二木恭男

昭和一三年四月一八日生

右の者らに対する各法人税法違反、宅地建物取引業法違反被告事件について、昭和六三年三月二九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから各控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官樋田誠出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人早川晴雄、同渋田幹雄及び同仁藤峻一がそれぞれの名義で提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官豊嶋秀直名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

仁藤弁護人の控訴趣意及び渋田弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について

各所論は、いずれも、原判示第一の法人税法違反の事実に関するものであるが、仁藤弁護人の所論は、要するに、「原判決は、被告人株式会社恭和企業(以下、被告会社という。)が東大興産株式会社(以下、東大興産という。代表取締役織田晴行)に売り渡した原判示歌舞伎町一丁目一五番二〇及び同番二一の宅地(合計二一八・五一平方メートル、以下、本件土地という。)の譲渡価格を二六億四三九六万円(三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円)と認定した上、被告人二木恭男(以下、被告人という。)は、これを一九億八〇〇〇万円(三・三平方メートル当たり三〇〇〇万円)に圧縮し、この所得を秘匿して虚偽の確定申告書を提出した旨認定しているが、被告会社は本件土地を東大興産に売り渡したものではない。本件土地については、被告会社を譲渡人として東大興産を譲受人とする昭和六〇年一二月二一日付けの売買契約書が存在するが、これは、被告会社と東大興産が協力して歌舞伎町一丁目一五番一帯の土地を買い上げ、再開発の上、まとめて大手ユーザーに売り渡すという共同プロジェクトの資金を調達するため、融資先との関係で必要があるとして作成された極めて形式的なものである。仮に、そうでないとしても、被告人は、右売買を右プロジェクトに参加している共同事業者間の形式的取引に過ぎないと認識していたものであって、三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円という契約書上の譲渡価格のうち、三・三平方メートル当たり五〇〇万円の金額は東大興産の活動資金相当分として同社に留保され、同五〇〇万円の金額は、右プロジェクトに協力してきた被告会社側の関係者に対して分配される利益相当分として自社に留保されるべきものと考えたため、被告会社の本件事業年度の実際所得額の申告に際し、本件土地の譲渡価格を三・三平方メートル当たり三〇〇〇万円で計算して申告すればよいものと判断して、そのとおりに申告したのであるから、被告人には、譲渡価格をことさら圧縮して申告する意思はなく、この点に関する限り法人税逋脱の故意がなかったものである。原判決は、本件土地取引の実態や被告人の法人税逋脱の故意等について事実を誤認したもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。」というのであり、渋田弁護人の所論は、要するに、「(1)本件土地の三・三平方メートル当たりの譲渡価格)は、原判示の四〇〇〇万円ではなく、三五〇〇万円である。すなわち、三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円という売買契約書上の譲渡価格のうち同五〇〇万円(計約三億三〇〇〇万円)の支払いについては、本件土地の西側に隣接する歌舞伎町一丁目一五番一九の土地やこれに隣接する同番四及び二五の土地を被告会社が買い上げて東大興産に引き渡すことが停止条件となっていたところ、被告人が本件事業年度の法人税の確定申告書を提出した昭和六一年四月三〇日の時点では、この一五番一九の土地の買い上げが未了であったから、条件が成就しておらず、この金員が支払われていないばかりか、織田においては、これを支払う義務がなく支払う意思もない旨主張している状況である。したがって、譲渡所得の発生時期について、いわゆる現実収入主義をとる場合はもとより、いわゆる権利確定主義をとる場合であっても、この三・三平方メートル当たり五〇〇万円の金額については、条件が不成就若しくは権利が未確定なのであるから、本件事業年度における被告会社の所得額に算入されるべきではない。(2)原判決は、本件土地の仕入高を実際より少なく認定している。すなわち、(a)原判決が支出の事実を認める経費として認容しているもののうち、接待交際費四七〇万円、租税公課中の収入印紙代二六万三二〇〇円、雑費(不動産調査及び地上げ運動費)合計二三六万円、支払利息二六五万二四九六円(以上合計九九六万五六九六円)は、いずれも本件土地の取得のために支出されたものであるから、経費ではなく仕入高に算入されるべきであり、(b)原判決は認容していないけれども、被告会社が安田英夫に対する一〇〇万円、片本一男に対する合計一六五〇万円、内田康五郎に対する三九〇万円、その他中本常一に対する五三〇万円等は、いずれも本件土地等の取得のために支払われた手数料等であるから、本件土地の仕入高に算入されるべきである。原判決は、(1)(2)の点で事実を誤認し、ひいては、被告会社の本件事業年度の実際所得額、課税土地譲渡利益金額、正規法人税額、逋脱税額等を誤認したものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。」というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、法人税逋脱についての原判決の事実認定は、全て正当としてこれを是認することができる。所論に鑑み、若干の説明を付加すると次のとおりである。

一  本件土地の譲渡価格とこれに関する被告人の認識等について

原判決挙示の関係証拠を総合すれば、次の事実が認められ、被告人の原審における供述等のうち、これに反する部分は措信できない。すなわち、右証拠によれば、

(1)  被告人は昭和六〇年四月下旬ころ、不動産ブローカーの中本常一から、歌舞伎町にいい物件がある、などと土地購入の話を持ち掛けられ、更に、藤万商事こと安藤和夫から、本件土地のうち一五番二一は既に確保してあるし、その周辺地も地上げできる、などと言われたことから、歌舞伎町界隈が将来健全な街として発展することを見込み、土地を購入しこれを転売することによって多額の利益を得ることができると考えて、右一五番二一の土地やその周辺地の購入を企て、その旨安藤に返事すると共に買収資金の調達に努め、その結果被告会社は、同年五月一六日、株式会社オリエンタルファイナンスから融資を受けた一三億円の資金によって、本件土地のうち一五番二〇を四億七〇〇〇万円(三・三平方メートル当たり一七五〇万円)で君山トシから、同番二一を六億八五〇〇万円(三・三平方メートル当たり一七五〇万円)で右安藤から、それぞれ買い受けた。

(2)  次いで、被告会社は、同年一〇月二一日、前記オリエンタルファイナンスからの融資によって、本件土地の西側に隣接する同番一九の土地を隔てた同番四及び同番二五の土地(合計九三・六一平方メートル、建物付き)を武陽実業株式会社から五億九九六〇万円(営業権を含めると八億四九六〇万円)で買い受けたが、右一五番一九の土地や本件土地の東側の隣接地(同番二二)の買い上げがなかなか進捗せず、次第に土地購入資金の返済や利息の支払い、自社の運営資金等に困窮してきたことから、被告人は、不動産ブローカーの水田恒雄、兵頭隆らの紹介で知り合った東大興産の織田晴行と歌舞伎町一丁目一五番一帯の土地の買い上げや転売について種々協議を重ね、結局、被告会社にとっては、まず、本件土地を単体で東大興産に売り渡し、その利益を蓄積しながら周辺地の買い上げを進めるのが得策であると判断するに至った。

(3)  そこで、被告会社は、同年一二月二一日、東大興産との間で、本件土地の売買契約を締結し、被告会社を譲渡人とし、東大興産を譲受人とする同日付けの売買契約書を作成すると共に、被告会社において、本件土地を手始めとして、順次その周辺の土地を購入してこれを東大興産に納入し、これが最終的に大手ユーザーに高額な価格で転売できた時には、被告会社においてもその利益配分にあずかれる旨の協定を結び、「新歌舞伎町プロジェクト協定書」と題する書面(同月一八日付け)及び「覚え書」と対する書面(同月二一日付け)を作成したが、右売買契約書には、〈1〉売買代金は、一坪(つまり、三・三平方メートル)当たり金四〇〇〇万円也とし、総額金二六億四三九六万円也とする、〈2〉売買代金は、昭和六〇年一二月二一日までに手付金の五億円を、同六一年三月一八日までに中間金の一八億一三四六万円を、同年四月三〇日までに残金の三億三〇五〇万円を、支払うものとするが、この期日は被告会社と東大興産が協議の上変更できるものとする、〈3〉所有権移転及び引渡しは、右中間金支払日とするなどの点が明確に記載されているところ、被告人だけでなく、被告会社の従業員印出勉(右契約書には、株式会社恭紳の営業部長、宅地建物取引主任者の肩書で、仲介人と署名)、東大興産の織田晴行、不動産ブローかの兵頭隆らは、いずれも、捜査段階で、この契約書に記載されたとおりの売買契約が締結されたことに間違いない旨供述している(因みに、被告会社は、本件事業年度の修正申告において、東大興産は、同社の昭和六〇年九月一日から同六一年八月三一日までの事業年度の所得申告において、それぞれ、右契約書記載のとおり、本件土地の譲渡価格を三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円としている)。

(4)  この売買契約書や前記「新歌舞伎町プロジェクト協定書」は、織田や兵頭らが作った原案を基に、被告人が検討を加えて一部修正し、織田の了承を得て完成したものであるが、被告人による主な修正点は、〈1〉被告会社が本件土地に隣接する前記一五番四、二五、一九の土地を買い上げて東大興産に引き渡すべき期日を昭和六一年一月二〇日から同年四月末日に、同番二二の土地の引渡し期日を同年三月末日から同年四月末日に、それぞれ変更したこと、〈2〉本件土地の残金の支払い期日を右隣接地の引渡し期日にリンクさせてこれを残金支払いの条件とすることをやめて、残金は前記のとおり昭和六一年四月三〇日までに無条件で支払うものとしたことの二点である。

(5)  本件土地の代金のうち手付金の五億円は契約書記載のとおり契約締結時に支払われ、中間金は、昭和六一年一月下旬以降、被告会社と東大興産が話し合った結果、時期が繰り上げられて同年二月二五日に支払われた(この際、残金のうち端数の五〇万円も併せて支払われ、残金は三億三〇〇〇万円となった。)が、残金の支払い時期、方法等については、何ら変更されることなく、同年四月三〇日の原判示確定申告書提出に至った(なお、被告会社と東大興産との間では、昭和六一年三月三日、前記一五番四及び二五の土地を本件土地と同じ三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円の価格で売買し、手付金と中間金の合計一〇億八〇四六万円を右三月三日までに支払い、残金の五四一八万円―三・三平方メートル当たり約一九〇〇万円―を同年四月末日までに支払う旨の契約が締結されており、残金を除く代金は右契約に従って右三月三日に支払われている。)。

(6)  被告人は、被告会社の本件事業年度の法人税申告手続を依頼した楢原会計事務所の事務員小松崎潔から、本件土地の譲渡価格につき質問された際、売買契約書は存在しないが譲渡価格は三・三平方メートル当たり三〇〇〇万円で合計一九億八〇〇〇万円である旨説明し(これが売買ではなく、融資を得るための形式的なものであるなどの説明はなされていない。)、同人がこの説明を前提として確定申告書を作成して内容の確認を求めたところ、被告人は、これを確認した上、同人を介して、この確定申告書を提出した。

以上(1)ないし(6)の事実が認められ、本件土地が単体で売買されたもので、その譲渡価格は三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円であり、被告人が、これを知悉しながら敢えて、この価格を三・三平方メートル当たり三〇〇〇万円に圧縮し、所得を秘匿して虚偽の法人税確定申告に及んだものであることは否定できないところといわなければならない。

これに対し、仁藤弁護人の所論は、本件土地は単体で売買されたものではなく、東大興産との共同プロジェクトの資金を調達する必要からなされた極めて形式的なものであり、少なくとも、被告人の主観においては、本件土地の売買契約が形式的なものに過ぎないと認識していたのであって、ことさら譲渡所得を圧縮した訳ではないから、税逋脱の故意がなかった、というのである。しかし、共同プロジェクトの資金調達のためのもので売買の実体がなかったのであれば、被告会社が東大興産から受け取った三・三平方メートル当たり三〇〇〇万円の金額を被告会社の本件土地の売上金勘定に計上して申告すること自体が不自然であって(借入金若しくは仮勘定で処理すれば足りる。被告人は、原審公判廷で、この点に関し、金融機関に対して被告会社の黒字決算を仮装する必要があった旨供述しているが、到底措信できない。)、被告人は、前記(2)のとおり、歌舞伎町の土地買い上げがなかなか進捗せず、借入した土地購入資金の返済や利息支払い等に困窮したことから、まず、本件土地を単体で東大興産に売り渡し、利益を蓄積しながら周辺地の買い上げ、つまり、いわゆる「新歌舞伎町プロジェクト」を進めるのが得策と判断し、前記(3)のとおり、売買契約を締結したものと認められる。被告会社と東大興産が、当時、本件土地の周辺地の買い上げや転売について話し合い、いわゆる「新歌舞伎町プロジェクト」の協定を結んできたことは、否定できないが、このことと被告会社が東大興産に本件土地を単体で売り渡した事実とは何ら矛盾するものではないのであって、この点に関する原判決の量刑理由中の説示を非難する所論は、当を得ないものというほかない。所論は、本件土地の取引において、被告人が、〈1〉手付け金の五億円を受け取ってすぐにその中から二億円を織田に貸してやったり、〈2〉織田の希望どおり東大興産の融資元の山下ビル株式会社に売買予約を原因とする所有権移転請求権の仮登記を承認したり、〈3〉残金支払いのうちに所有権の移転登記を承認したりした点は、被告人が、右取引を単体の売買ではなく共同プロジェクトのための資金調達の手段と考えていたことの証左であり、また、ペナルティを負担した上での単体売買であれば、本件土地の譲渡価格は、不当に低くて不自然である、という。しかし、被告会社が東大興産に本件土地を売り渡したからといって、東大興産と敵対関係になった訳ではなく、東大興産が「新歌舞伎町プロジェクト」の協定相手であることに変わりはないのであるから、被告人において東大興産ないし織田のために便宜を計ることがあっても不自然とはいえず、〈1〉ないし〈3〉の諸点を理由として、本件土地が単体で売買された事実を否定することは相当でない。また、本件土地の購入価格は前記(1)のとおりであり、仲介手数料や支払利息その他の諸経費等を考慮しても、前記(3)の譲渡価格が安過ぎるとは考え難い上、印出勉の検察官に対する供述調書(昭和六一年一一月八日付け)にも現れているように、被告人らは、本件土地につき三・三平方メートル当たり四〇〇〇万円は最低限のものとして確保した譲渡価格であり、プロジェクトが成就した時には被告会社も更に利益配分を受けることができるものと考え、これに期待していたことが窺われるから、この譲渡価格をもって単体売買否定の根拠とする所論には賛成できない。なお、所論の中には、被告人は、本件土地の売買については、未整理の諸経費が三・三平方メートル当たり五〇〇万円(約三億三〇〇〇万円)位あると考えていたため、本件土地の譲渡価格からこの分を除外して申告すればよいと判断した旨の部分があり、被告人は原審公判廷で所論に副う供述をしいるが、たやすく措信することができず、この所論は採ることを得ない。

次に、渋田弁護人の所論は、本件土地の売買代金のうち三・三平方メートル当たり五〇〇万円(合計約三億三〇〇〇万円)については、隣接地の買い上げと東大興産への引渡しを停止条件としていたのに、この条件が成就していないのであるから、被告会社の本件事業年度の所得額に算入されるべきではない、というのである。しかし、前記(3)ないし(5)のとおりであって、昭和六〇年一二月二一日の売買契約締結時に所論のような条件が存在しなかったことはもとより、その後の同六一年二月二八日(本件事業年度の終期)、或いは、同年四月三〇日(同確定申告書の提出期限で現実の提出日)までに、所論のような条件が付加された事実も認められないものである。もっとも、関係証拠によると、被告人や織田らにおいては、右売買契約締結の際、被告会社による隣接地の買い上げと東大興産への引渡しは、多少遅くなっても同年四月三〇日ころまでには完了するものと考え、東大興産側の代金支払いの都合等をも併せ考慮した結果、この四月三〇日残金支払いの期限と定めたことが窺われるのであるが、隣接地の引渡しを残金支払いの条件としていなかったことは、前記(4)の事実に徴しも明らかであって、その後、現実には、隣接地の買い上げが進捗せず、被告人らの見通しに誤りがあったことになるけれども、これをもって、条件の不成就と同視できないことは多言を要しない。また、所論は、東大興産ないし織田においては、本件土地代金のうち三・三平方メートル当たり三五〇〇万円を超える金員の支払い義務を否定し、支払う意思もない、と主張しているから、この金員については権利に争いがあり確定していない、というのであるが、本件土地代金についての被告会社の権利は、当初から確定していることが明らかである。なるほど、織田は、検察官に対する昭和六一年一一月一五日付け供述調書(八項までのもの)の中で、三・三平方メートル当たり五〇〇万円という残金の支払い義務の存在を認めながらも、隣接地の買い上げの失敗のため東大興産に損害が生じたので、今後、その賠償問題と併せて被告人と協議して処理したい旨述べ、更に、原審公判廷や同六三年九月一日付け書面においては、周辺地の買い上げができなかったのであるから、被告会社に支払うべき残金はない旨所論に副うかのような主張をするに至っている。しかし、これらの供述や主張は、織田が別件(詐欺)で、被告人らが本件法人税法違反事件等で、それぞれ、捜査され起訴されるなどした後の段階におけるものであって、自社の利益を目的とした作為的なものと認められ、このような織田の供述等を理由として、残金についての権利が未確定であるということはできいないから、この所論は採用できない。

二  本件土地の仕入高等について

本件土地は、無免許とはいえ宅地建物取引を業とする被告会社が、本件事業年度に購入し、かつ、販売したたな卸し資産であるから、その仕入高(取得価額)には、購入の代価その他購入のために要した費用と販売の用に供するために直接要した費用が含まれるのであるが(法人税法施行令三二条一項一号参照)、所論が指摘する(a)の各支出は、いずれも、本件土地の購入のために要した費用又は販売のために直接要した費用ではなく、単に、本件事業年度における被告会社の営業活動に要した販売費、一般管理費その他の費用(以下、一般管理費等という。)に過ぎないと認められる。すなわち、関係証拠、特に、被告人の検察官に対する供述調書(昭和六一年一一月一八日付け、五項までのもの)によれば、所論指摘の接待交際費四七〇万円は、直接には買収や転売につながらなかった経費であり、(被告人は「情報を取ったりするため、相手と一緒に食事をしたりして使ったもののトータルです。」と包括的、抽象的に述べているに過ぎない。)、不動産調査及び地上げ運動費のうち、佐藤ヨシに対する三六万円は、一般的な不動産情報の提供への礼金であり、仁川光子こと蔡光子に対する一〇〇万円は、歌舞伎町一丁目一五番二(塚本商事関係)及び同番六ないし八(シルビアビル関係)の土地の買い上げに関する運動費であり、大朋貿易に対する一〇〇万円は、土地買い上げの融資を依頼した後に解約したことから取られたペナルティ(賠償金)であると認められ、また、収税官吏作成の租税公課調査書及び支払利息割引料調査書によれば、支払利息二六五万二四九六円及び収入印紙代二六万三二〇〇円は、いずれも、東都信用組合池袋支店と第一勧業銀行池袋副都心支店からの借入れによって発生したものであると認められる。したがって、これらの支出は、全て本件土地の購入のために要した費用でも販売のために直接要した費用でもないのであり、原判決が、これを被告会社の営業活動に要した一般管理費等として認容するに止めたことは正当である。次に、所論(b)の支出であるが、被告人や証人金子清(被告会社の顧問税理士)は、原審公判廷で所論に副う供述をするものの検察官や裁判所からの質問に対し、支出の趣旨、時期、その資金等について明確な説明をすることができず、支出を裏付けるに足る物的証拠も提出されていないこと等に徴して、その支出自体疑わしいものが少なくない上、仮に、支出されたものとしても、単なる貸付金に過ぎないか、本件事業年度外のものと認められるであって、本件土地の仕入高に算入すべきでないことはもとより、本件事業年度における一般管理費等としても認容できないものである。すなわち、安田英夫に対する一〇〇万円及び片本一男(大東恒産株式会社)に対する一六五〇万円は、被告人の原審公判廷における供述によっても、単なる貸付金に過ぎないものであり(なお、後者は、被告会社が、納税計画中で、回収すべき貸金債権に挙げているものであり、かつ、本件事業年度外の貸付が混在しているものである。)、また、内田康五郎に対する三九〇万円については、同人から土地買い上げについての一般的なアドバイスを受けたことの対価として支払った旨の被告人の供述にもかかわらず、その内容に極めて曖昧な点が多く、支出自体疑わしいものといわなければならず、更に、中本常一に対する五三〇万円についても、所論に副う被告人の原審公判廷の供述は、被告人(昭和六一年一一月一七日付け、四枚綴りのもの)や中本常一の検察官に対する各供述調書に照らし、俄に措信できないところである(仮に、所論のとおりの支払いの事実が存在し、原判決にこの点の誤りがあるとしても、原判決認定の実際所得額の僅か〇・五五パーセントー秘匿所得額の〇・七五パーセントーに過ぎないから、この誤認は判決に影響を及ぼさないものというべきである。)。その他藤田英治、協和エステート、日清管財株式会社、竹島義人、沢井勝幸らへの支出は、仮に、その事実が認められるとしても、全て本件事業年度外のものであることが所論自体から明白である。したがって、結局、所論(b)の支出については、これを仕入高もしくは一般管理費等として認容することができず、原判決が、被告人の公判廷での供述や金子税理士の証言にもかかわらず、これを否定したことに誤りはない。

以上のとおりなので、原判示第一の事実の認定は正当であり、更に記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、原判決に所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

早川弁護人の控訴趣意及び渋田弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張について

各所論は、要するに、被告人らに対する原判決の量刑はいずれも重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、本件は、被告会社の代表取締役である被告人が被告会社の業務に関し、(1)法人税を免れようと企て、昭和六〇年三月一日から同六一年二月二八日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九億七二三一万六八七二円で、課税土地譲渡利益金額が九億八一一八万四〇〇〇円であったにもかかわらず、東大興産に対して売り渡した本件宅地の譲渡価格二六億四三九六万円を一九億八〇〇〇万円に圧縮し、また、架空経費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、所轄税務署長に対し、その所得金額が二億六七一二万五二二一円で、課税土地譲渡利益金額が二億六六九一万四〇〇〇円であり、これに対する法人税額が一億六八〇六万三九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定期限を徒過させて、不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額と右申告税額との差額四億四八二〇万一七〇〇円を免れ、(2)法定の免許を受けないで、業として、前後三回にわたり、君山トシほか二名から宅地四筆、建物二棟を代金合計一七億五四六〇万円で買い受けた上、二回にわたり、東大興産に対し右宅地四筆を代金合計三七億七八六〇万円で売り渡して、無免許で宅地建物取引業を営んだ、という事案である。法人税法違反の事件については、逋脱税額が極めて多額であり、逋脱税も七二パーセントを超えていて高率であること、被告会社は、本件土地の売買によって短期間で多額の利益を取得したが、被告人は、この利益の一部を秘匿して周辺地の購入資金を確保等しようとの考えから本件逋脱の所為に及んだものであって、所論にもかかわらず犯行の経緯ないし動機に特に酌むべきものがあるとは認められないこと、被告人らは、昭和六一年四月三〇日の確定申告書提出後法人税を全く納付せず、同年五月下旬以降所轄税務署の督促を受けるや従業員に虚偽の書類を作成させた上、同年七月二四日六〇〇〇万円を超える法人税の減額を求めて、更正の請求書を提出したり(税務署の担当者が右請求内容に疑義を示して取り下げを勧告したことから、同年一〇月九日までに取り下げられたとはいえ、このような被告人の納税意識の低さは看過できない。)、税務調査に備え、本件土地について内容虚偽の売買契約書の作成を試みる(これが東大興産側の拒絶により契約書完成に至らなかったからといって、被告人の行為が非難されるべきものであることに変わりはない。)など、犯情は全体として悪質といわざるを得ないこと、また、宅地建物取引業法違反の事件についてみても、約一〇か月間に亘る無免許営業で、取引回数こそ少ないもののその規模はかなり大きく、被告人は、業務として宅地建物取引を行うには免許が必要なことを知悉しながら敢えて原判示犯行に及んだもので、行為の違法性はたやすく軽視し難いこと(早川弁護人は、被告会社の資産の売却であったため、被告人には違法性の認識が乏しかった旨主張し、原審証人印出勉の供述の中にはこれに副う部分もあるが、そのままには措信できない。)以上の諸点に鑑みると、被告会社及び被告人の刑事責任は、いずれも相当に重いものといわなければならない。

してみると、被告会社は東大興産から受領すべき本件土地の売買代金のうち三億三〇〇〇万円の支払いを受けておらず、織田らの態度からみて、今後の回収も極めて困難な状況であること、本件は、被告人らが不動産取引に関与するようになった初年度の犯行であって、被告人らが複数年度に亘り継続的に脱税や無免許営業をしていた訳ではなく、本件後、被告人の経営している株式会社恭紳が宅地建物取引業の免許を取得したことから、この事件につき再犯の虞はないとみられること、被告会社において、強制退去を迫るなどいわゆる地上げ屋的な行為に及んだ形跡はないこと、原判決宣告の時点までに、逋脱した法人税本税のうち約二三〇〇万円が納付されていたところ、被告人らは、原判決後もその納付に努め、千葉県下にある山林を売却処分した代金等によって新たに一億一九八二万円を納付したほか、これからも株式会社恭紳の不動産取引による利益や被告人が関与している恭和工業株式会社(代表取締役は宮本一郎)のボイラーの製造、販売等による利益をもって右本税等を納付する旨約束していること(もっとも、公訴提起から三年以上経過した現時点における法人税納付状況は、逋脱額の約三一・九パーセントに過ぎない。)、被告人には昭和四二年一月私文書偽造同行使詐欺、業務上横領の罪で執行猶予付懲役刑に処せられた前科があるものの、その後は、処罰を受けることもなく経過していること、その他被告人の服役が被告会社のみならず、株式会社恭紳や恭和工業株式会社の事業活動に与える悪影響、被告人の家庭の事情等所論指摘の首肯できる諸点を被告会社及び被告人のため十分に斟酌しても、本件が被告人に対し刑の執行を猶予すべき事案とは考えられず、被告会社を罰金九〇〇〇万円に、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとまでは思料されない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

昭和六三年(う)第六一七号

控訴趣意書

法人税法違反被告人 株式会社 恭和企業

同 同 二木恭和

右被告人両名に対する頭書被告事件についての弁護人の控訴趣意は、左記のとおりである。

昭和六三年九月三〇日

右被告人両名弁護人 弁護士 早川晴雄

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

原判決は、被告会社を罰金九、〇〇〇万円に、被告人二木恭男を懲役一年六月に、それぞれ処したが、右の量刑は、特に、被告人に対し実刑をもって処断するのは、以下の諸情状に照らし、重きに失し不当であるから、原判決は破棄されるべきである。

一、原判決が被告人に不利な情状として摘示した諸事実について

(一) 原判決の認定

原判決は、被告人らの刑責を重いとする理由として要旨左の事情を摘示している。

1.本件法人税法違反事件は、昭和六一年二月期の法人税四億四、八二〇万一、七〇〇円を免れたというものであって、その逋脱額は巨額であり、税逋脱率も七二パーセント余にのぼる高率であって、右各数値のみをもってしても重大事犯というべきである(原判決五丁裏)。

2.新宿区歌舞伎町一丁目一五番二〇および二一の土地(原判決で本件土地と称するもの)を購入・転売することによって短期間のうちに多額の利益を得ていたものである(原判決7丁裏)。

3.犯行の動機としても、いわゆる土地ブームを見込んで本件土地周辺を纏めて地上げしこれを転売することによって多大の利益を得ようとした被告人らが、その資金を確保すべく敢行したもので、特段酌むべきところはない(原判決六丁表及び7丁裏)。

4.被告会社らの営業の内容も、将来歓楽街(本件土地周辺地域)が健全化する方向に進めば、地上げした土地を転売することにより多大の利益を得ることができると考えた、というのであるが、地価高騰が社会問題化し、地上げ屋の暗礁が世上の論議を呼ぶ今日の情勢に照らすと、被告会社らが企画した地域開発計画なるものも特に社会的に有益であったとはいえない(原判決右同)。

5.犯行の態様としては、被告人らは、

(1) 本件土地売却代金につき、三、三平方メートル当たり一、〇〇〇万円分を除外して三、三平方メートル当たり三、〇〇〇万円で売却したように装ったのみならず、架空の仕入高を計上して虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長宛に提出し、

(2) 税務調査に備えて部下に右申告に添った内容虚偽の売買契約書を作成させる

などして本件犯行の発覚を妨げようとしていたものであり(原判決7丁裏)、

(3) 被告人は、業として不動産取引を行うには法定の免許を得なければならないことを知悉しながら、昭和六〇年以降不動産取引業に専念し地上げに取り組んできたもの(原判決8丁表)

であって、その各犯行の態様は大胆かつ悪質である。

6.所轄税務署長から法人税の納税方を督促されるや、更に架空経費の計上洩れがあったとして虚偽の更正請求をするなど法無視の態度が顕著である(原判決8丁裏)。

7.被告人らは、今日に至るまで、当該事業年度の法人税本税のうち、二千数百万円を納入したのみである(原判決右同)。

原判決は以上の諸事情を摘示したうえ、これらの事情を総合判断すると犯情は悪質であり、被告人らの刑責は重いといわざるを得ないと認定した。

二 原判決の右認定に対する反論

右に認定された情状のうち、(一)1.記載の逋脱額が高額であり、逋脱率も高率であるとの点については、弁護人としても誠に遺憾に思うところあるが、この点についても後記のとおり酌まれて然るべき事情があり、その他の情状についても、原審において弁護人が弁論の際に論及したとおり、原判決の評価とは異り、その実情を仔細に検討すれば、むしろ被告人らのために斟酌されて然るべき有利情状と評価される余地も十分あるものと思料され、これに加えて、後記のとおり原判決も認定した被告人らにとって有利な情状を併せ考慮すれば、原判決の刑の量定、とりわけ被告人を懲役一年六月に処した実刑判決は、被告人に関する個別・具体的事情に思いを至さず、前記1.の税額及び比率を、形式的・画一的に評価の基準とし、これにとらわれたとしか考えられない不合理な量刑で、被告人にとって酷に過ぎるものと信ずる。

以下、原判決の認定を個別具体的に検討する。

1.逋脱額と逋脱率について

原判決認定事実によれば、形式的には逋脱税額及び税逋脱率ともに高額高率であるが、逋脱所得のうちの半額である三億三、〇〇〇万円については、東大興産株式会社(以下、東大興産という)に対する新宿区歌舞伎町一丁目一五番二〇及び二一の宅地二筆(以下、本件土地という)の売却に伴う売上未収金(坪単価四、〇〇〇万円のうちの五〇〇万円)の計上洩れであるところ、後にこの点に関する事実認定について説明するように、実質的には、果たして確実な売上として未収債権が確定的に発生したものとして問題なく認定できるものかどうかにつき、少なからず疑問の余地の残る取引であったのが実態であり、情状として逋脱額及び逋脱率を見る場合は、少なくとも右三億三、〇〇〇万円についてはこれを控除して評価されて然るべきである。

現に今日まで右三億三、〇〇〇万円は支払いが受けられないままであるのみならず、右未収金の債務者である東大興産は、本件捜査段階から原審公判廷を通じ、かつ今日まで一貫して右土地代金債務の不存在を主張し、さらには、如何なる意図に基くものか、最近になって突如として、本件土地売買代金のうち三億三、〇〇〇万円の債務の不存在のみならず、本件土地を含む四筆の土地売買契約につき、「売買契約上の土地代金坪単価四、〇〇〇万円のうち五〇〇万円は、当該土地のほか歌舞伎町一丁目一五番一九を含む一体の土地の買収が完了して当社に引渡し、地上げが完遂できることを条件として支払義務の発生するものであり、もし右一五番一九の買収が不可能な時は、坪当たり三、五〇〇万円で清算する約束であったところ、被告人は右一五番一九の土地の買収に失敗し、右条件は達成できなくなったので、売買代金のうち坪当り五〇〇万円の支払義務は結局発生しないで終わり、売買代金は坪当り三、五〇〇万円として確定したので、本件土地について坪当り五〇〇万円計三億三、〇〇〇万円の支払いに応じられないのは勿論、本件に次いで(本件対象期の次の決算年度に属する)恭和企業から買い受けた一五番の四及び二五の二筆の土地(九三、六一平方メートル)については、その売買代金中、坪単価三、五〇〇万円を超えて恭和企業に支払済の金八、九六〇万円は過払いになるから返却されたい」旨内容証明郵便にて被告人宛に請求して来ている。(控訴審において補充立証予定)

いうまでもなく、被告人としては、右請求を拒否するとともに、本件土地及び右の土地の双方につき支払いを受けるべき残代金があることを反論し、改めてその支払いを請求することにはなるものの、現実には東大興産には残代金の支払能力のないことが明白であって、これらの経緯に鑑みれば、被告会社に実質的所得は発生する余地がなかったと見ることもできるのであるが、何れにしても、本件売上除外のうち三億三、〇〇〇万円については東大興産側にもともと支払の意志がなかったことがいよいよ明白となったと言わざるを得ず(そうであるならば被告人はむしろ詐欺の被害者的立場にある)、若しこの点について本件確定申告時迄もしくは申告後の近い時点で、被告人が東大興産の意図を察知し得ていたとすれば、法律的には、詐欺もしくは錯誤に基く意思表示として売買契約を取り消し、もしくは無効の主張により本件土地の返還を請求して経理処理上も土地と売上とを繰り戻して決算修正(修正申告)するか、少なくとも東大興産側の主張通り坪単価五〇〇万円分を条件付売買代金である(代金債権未確定)ことを確認して経理上も坪単価三、五〇〇万円として処理することも可能であったのであり、前者の処理をしていたとしたら、もともとたった一回の本件土地の売上のみが逋脱の対象となっている本件については、脱税という事態は生ずる余地が無かったであろうし、後者の処理をしていたとしても、少なくとも坪単価五〇〇万円に相当する三億三、〇〇〇万円については所得は形式的にも発生しないことになっていた筈である。

また被告人について原審が不利な情状として摘示しているうち、前記5の(2)の坪単価を三、〇〇〇万円とする内容虚偽の売買契約書(東大興産の同意が得られなかったのだから、正式の記名押印も欠けるので、単なる「案」に過ぎない)を作成した(正確には、「作成しようとした」と言うべきもの)ことに関連し、被告人が東大興産にも坪単価三、〇〇〇万円とする右売買契約書への押印並びに東大興産側でも同様の経理処理をされたい旨の依頼をしようと試みたところ、いずれもこれを拒否されたという事実があった。

若し東大興産側に、当初から坪単価五〇〇万円は条件付のものであって債務は未確定であるとの明確な認識と些かの善意があったとするならば、右の被告人の依頼のあった折に、それが税務対策であることは判っていたのであるから、少なくともその時点における確定的売買代金(被告会社にとっては売上)は坪当り三、五〇〇万円に過ぎない旨を指摘助言して然るべきであったということもできるのであるが、そのことなく、東大興産側は、単純に坪単価四、〇〇〇万円の形式通りの売買契約であることを前提として被告人の依頼を拒否しておき乍ら、後日に至って、売買代金は坪当り三、五〇〇万円であったと主張するようになったのであり、この点についても東大興産側(織田)の被告人に対する対応に割り切れないものを感じざるを得ず、織田が当初から、不動産取引に不慣れな被告人を甘言で操り、結局本件土地を安い価格(坪当り三、五〇〇万円)で巻き上げて自己の利を図ったとの疑いを拭い得ない。

なお、東大興産においては、本件土地の中間金一八億一、三九六万円を被告会社に支払うと同時に(というよりも右代金捻出のため、被告会社への支払いに先んじて)株式会社東宅建設へ坪単価四、四〇〇万円で転売しており、この転売価格は、被告会社からの取得価格四、〇〇〇万円に四〇〇万円上乗せしており、しかもこのことは被告人には知らされていなかったのみならず、若し東大興産の織田晴行が原審で証言し、かつその後も主張している(前述)ように、「プロジェクト全体の土地を纏めて取得(最近は前述のとおり、あと一五番の一九の土地だけの取得、として範囲を縮小している)できない限り、契約時に確定していた実質代金額は、単品としての当時の時価相当額に近い坪当り三、五〇〇万円であった、」とするならば、実に坪当り九〇〇万円(率にして仕入価格の約二五、七パーセント)もの上乗せをした代金で転売している訳であって、この点も本件土地売買契約の実質をどの様に評価するかについて重要な意味を持っているのである。即ち、織田としては、本件土地の転売(即時の右から左への土地ころがし)によって、自分個人のために必要としていた多額の資金捻出を計ったのであるが、右のような有利な転売先があることを被告人に覚られれば、当然被告人から抗議ないし本件土地売買を拒否されることが予想されるため、被告人に対しては本件土地売買は有利に融資を受けるための形式に過ぎず、東宅建設はダミーである(東宅建設の介在すること自体も、取引の当日になって始めて被告人に明らかにしたのであるが、被告人は織田が東宅建設に転売―しかも高額で―することは全く知らされていなかったのであり、原判決が「被告人は、東大興産が東宅建設に転売した代金のうちから中間金及び貸付金の支払いを受けた」旨如何にも被告人が東大興産から東宅建設へ転売されることを認識していたかのように認定『原判決7丁表』したのは誤りである)旨言い逃れを行っていたのであり、このため、内心では安価な単品売買を企図していた織田と、売買は融資を受けるための便法であると理解していた被告人との間に、本件土地売買契約に関する意思の齟齬があったと見るのが妥当であり、何れか一方の意思によって本件売買契約の実態を一義的に把えることには無理があるといわねばならない。

而して、東大興産側において、右の本件土地取引につき、どのような経理処理と法人税申告をしたのか、残念ながら確認する由もないのであるが、被告会社からの仕入れ価格を被告人の依頼に従って坪単価三、〇〇〇万円と安価にすることは税金面で東大興産の到底受け容れ難いことであるのは火を見るよりも明らかであって、そのような拒絶されることの明白な依頼を敢てしようとした被告人の発想は極めて幼稚というべく、さらにまた、東大興産が、果たして織田の主張するように、坪単価五〇〇万円分は未確定債務であるとして契約金額よりも低い坪単価三、五〇〇万円で仕入れを計上しているものかどうか大いに疑問の存するところであり、むしろ東大興産としては、被告会社からの本件土地の仕入価格につき、前述二五、七パーセントもの荒利を生ずる結果になって、土地重課を含めれば税額が極めて高額に達することの明白な坪単価三、五〇〇万円でこれを計上し、そのように法人税申告をするような不利なことはせず、契約書通り坪単価四、〇〇〇万円とし、五〇〇万円は未払金として申告したであろうことは容易に推測できるのみならず、本件査察調査に当たった国税当局にしても、被告会社の本件土地売却代金を、未収分を含め坪単価四、〇〇〇万円と認定するについては、当然反面調査により、東大興産の経理処理(法人税申告)内容も仕入価格坪単価四、〇〇〇万円(うち坪単価五〇〇万円は未払金)となっていて、右被告会社についての認定(坪単価四、〇〇〇万円)に符号することの確認をしなければならなかった筈でもある。

弁護人が以上の経緯について触れた理由は、本件土地に関する東大興産との売買契約は、被告人が原審で訴えた(  年  月  日付上申書)如く、少なくとも被告人の認識としては、本来、歌舞伎町プロジェクトの資金作りのために融資を受ける最も有利な便法としての形式(土地担保の融資では時価評価の七〇パーセント前後の資金しか借りられないが、売買の形式をとって売買代金の融資を申し込むときは売買代金全額の借入ができる)に過ぎず、万一プロジェクトが不成功に終って最終ユーザーに有利に転売できなかった時には、本件売買契約代金が、プロジェクトの資金作りに物件(本件土地)を提供した被告会社に対する最低補償になるが、有利に転売できた暁には、改めて被告会社に利益の分配を受けられることになっており、その段階で正式の売却が完了するので、その際改めて諸経費の清算と利益分配を実施することにより被告会社の所得が確定することになるもの、と認識していたのが実態と考えられるものの、一歩譲って、客観的な形式(売買契約書の存在及び被告会社自身が銀行に対する信用保全のため本件売上を計上したことなど)を前提にすれば実質的にも売買があったと認定されるのはやむを得ない、としても、売買代金のうち少なくとも三億三、〇〇〇万円(坪単価五〇〇万円)についつては、実質的な所得と認定するのはかなり不自然ないし不相当な諸事情があることを理解戴きたいが故である。

さらにこの点に関する原審の事実認定につき、弁護人が甚だしく矛盾を感ずるのは次の点である。

即ち、本件逋脱所得の源泉となっている本件土地の東大興産との売買契約について、被告人は、原審において要するに

プロジェクト推進のために必要な運動資金捻出のため、被告会社が所有する本件土地を提供し、融資を受ける便法として東大興産に売却する形をとり、これによって入手した資金で本件土地取得時の借入金を返済するとともに、プロジェクト仲間の土地取得ないし地上げのための諸経費に充当しようとしたものであり、右融資を受けた資金のうち坪当り五〇〇万円分は、東大興産サイドの諸経費に充当する資金として織田に留保させたもので、もともと単品売買をしたつもりはなかったので、織田の諸経費に充当するという右五〇〇万円については、契約書上の支払期限(六一年四月三〇日)が過ぎても暫く請求もしなかった(先方が単品売買を主張し始めたので、それならば、と残金『未収金』として請求するようになったものであるが、もし形式通り売買だったとすれば右の四月三〇日という期日は支払の期限であって、織田が主張するようにその時までに全部の地上げを完成するという条件設定日だったのではない。)のである。

旨訴えるに対し、東大興産の織田は、原審において要旨

本件土地は単品で買取ったものであり、坪当り四、〇〇〇万円という価格は当時の時価より遙かに高価であるから、そのうち坪当り五〇〇万円分は、周辺の土地を纏めて地上げできて最終ユーザーの伊勢丹筋へ有利に売却できた売買に初めて支払う、というもともと条件付のもので、確定した売買代金ではなく、契約書に記載された六一年四月三〇日は、単なる残代金の支払期限ではなく、その日までに地上げを完了したら残代金を支払う、という条件設定日であって、現に周辺土地の地上げが約束通りできなかったのだから結局支払う義務は発生していない、

旨証言し相互に矛盾しているので、何れに信憑性ありと認めるか、が重要な問題である。

原審は結論において、

被告会社と東大興産との間には、本件土地についでの単品売買が存在した

と、被告人の前記供述を排斥し、織田の右証言を採用した認定をする一方で、坪当り五〇〇万円の支払留保分については、

売買代金は坪当り四〇〇〇万円であり、坪当り五〇〇万円についは売上(未収金)が確定的に発生している旨、織田の証言を排斥し、被告人の前述予備的供述(売買契約が単なる形式ではなかったとすれば、残代金五〇〇万円分は六一年四月三〇日迄に支払われるべき確定的代金であった)を採用しているのである。

然し乍ら、織田の証言は、要するに坪当り五〇〇万円分は条件付で支払義務の発生する未確定な代金であるとしての前提で、右金額を含めて坪当り四、〇〇〇万円の単品売買契約の存在を主張するのがその真意であるのに、原審は、売買契約の存否と売買の要件である代金額とを切り離したうえ、売買契約の存在についてのみ織田の証言を採用し、肝心の契約代金については織田の証言(確定的には坪当り三、五〇〇万円とする)を措信せず、被告人の一種の仮定的供述を採用し、売買代金は坪当り四、〇〇〇万円であって、坪当り五〇〇万円の未収金も確定しているものとの事実認定に立って逋脱所得を算定しているのは、極めて便宜的な事実認定であり、採証法例を誤っているものといわざるを得ない。

さらに付言するならば、原審はその事実認定において、一方で、本件土地を含む一帯の土地が最終的に大手ユーザーに高額な価格で転売できたときには、被告会社においても利益配分にあずかれる旨のプロジェクト協定の存在を認め(原判決7丁表)ながら、他方では、被告人が当該プロジェクト協定の本旨を前提にして、本件土地売買契約は暫定的形式的なもの(売買代金未確定)で、プロジェクト完成時に最終的に関係者の出捐した経費と利益配分とか清算されるので、被告会社における本件土地売却による利益が確保するものと理解していた、との被告人の供述を措信せず、「プロジェクト協定の存在が本件土地売買の成立を否定するものでないことは多言を要しない」(原判決7丁表)旨極めて簡単な結論のみを判示しているのは、論旨一貫せず、認定の根拠も不明確であると考える。

何れにしても弁護人としては、土地代金のうち三億三、〇〇〇万円(坪当り五〇〇万円)についての被告人の供述を素直に受け容れるときは、少なくとも右金額の売上除外については脱税の意識(故意)が極めて稀薄であったと認められるべきであり、況して原審のように売買契約の存在について織田の証言を採用されるならば、三億三、〇〇〇万円は未確定債権であって未収金計上は不要との認定がなされても然るべきではないかとさえ思料するのである。

試みに、昭和六一年二月末期の修正申告に係る所得金額から三億三、〇〇〇万円を減算したうえで各種税額を計算すると、次のとおりである。

(カッコ内は修正申告金額) (単位千円)

所得金額 六五〇、三六八(  九八〇、三六八)

土地重課所得金額 六五一、一八四(  九八一、一八四)

右に対する税額

(1) 法人税 二八〇、六二五(  四二三、五一五)

(2) 事業税 八五、五〇二(  一二九、〇六二)

(3) 都民税 八五、〇九八(  一二八、三三八)

(4) 土地重課税 一三〇、二三六(  一九六、二三六)

(5) 重加算税 七二、〇七四(  一三四、七四二)

税合計 六五三、五三五(一、〇一一、八九四)

右修正申告金額は、本件公訴事実の実際所得金額と若干相違するのであるが、概算すれば、

(1)、(4)の合計 四一〇、八六一(  六一九、七五一)

となり、当初の申告税額一六八、〇六四との差額

金  二億四、二七九万七、〇〇〇円

が脱税額となり、従って逋脱率は税額において約三九パーセントに該当し、検察官主張の七二パーセントを大きく下廻ることになるので、その限りにおいて犯情は軽い、と見る余地があることにも御留意願いたい。

しかも、証人金子清の次の証言に見られるように、手数料などとして本来原価に算入しても不思議でないような支出を、貸付金、仮払金などの資産科目として計上している金額がかなりの額に達しており、被告人が更に慎重な経理処理を実施していたら、さらに逋脱所得金額が減少する可能性も全く無くはなかった、と推測される。

(弁護人の質問)

そこで、証人が脱税の対象になっております六一年二月期の決算書を御覧になって、そしてまた被告人の説明なんかをお聞きになって何か税理士としてお感じになったことはありませんか。

まず第一点は、だた今申し上げました税額面からみますと一〇億を突破する税額をどうして納められるのかということにつきましては、大変私自身も人様のことでありますが、どうなるかということで非常に心配をしております。次に二番目といたしまして、調査期に当たる六一年二月期の問題でございますが、貸借対照表、いわゆる資産状況をみますとほとんどそのすべての中心が仮払金を主としております。概数でございますけれども七億二一八四万四〇〇〇円の仮払いが計上されてございます。で、この内容について当時もう少し二木社長は経理担当等が内容について正確にあるいは適切な処理を行っていたならば本人にとってももう少し有利に転回したんではなかろうかと思います。なお、この仮払金の内容を見てみますと、先般御提出された書面の中に貸付金あるいはその仮払金等としている中に当然、費用のほうに原価性を帯びるものがあるのではないかというようなことも感じられます。別にこれは主張ではございませんが、そのような感じがございます。したがいまして、でき得るならばそういった点を情状していただきたいというふうに感じております。もう一点は東大興産に対する未収金でございますけれども、これらがやがて解決された場合に、例えば収入が入らないといった状況になった場合に、土地重課税の問題が生じるのではないかと思います。で、この場合に土地重課の対照となった年分に、即ち六一年二月二八日期にさかのぼって処理されてしかるべきではなかろうかと考えております。これは、そうだという完全なる主張ではなくて、そういうふうに取扱いがなされてもいいではないかと思います。

今、さかのぼってとおっしゃったんですが、更正の期限はもう切れていますわね。

はい。

もし、貸倒れが事実上回収できないというようなことが確定したような場合、手続上、そういうことが可能ですか。

土地の重課の問題につきましては更正請求の期限が切れています。これはできれば嘆願書方式でお願いするということも考えられるのではないかと存じます。

このように、被告人の逋脱行為を実質的大局的に見る時は、単に逋脱金額が数量的に高額であることをもって被告人の刑責を機械的に評価するのは如何にも酷である。との感じを禁じ得ないのであり、この事は、次に述べる被告人の法人税等の納付実績が極めて少額かつ遅々としているのをどのように評価するか、という場合にも通ずる感懐であり、それが形式論理では説明し切れない本件の特殊性であることを弁護人としては強調したいのである。

さらに敢えていうならば、逋脱額・逋脱率が高額、高率であることが特に被告人を実刑に処するか否かについてかなり重要な判断要素となっているのが裁判実務の現状と考えられるのであるが、次のような税務行政の実情と対比するときは、ある額、ある率を超える脱税事犯について画一的に厳罰主義的発想をもって臨むことが、むしろ大局的には甚だしく不公正な司法運営となりかねないとさえ考える余地があるのではなかろうかと考える。

即ち、いちいち具体的事例を挙げるのは憚るが、毎年、少なからざる数の有名企業について、何十億という単位の法人税申告漏れの事実が日刊紙によって報道され、その報道内容(国税当局の発表によるものと思われる)によれば、その利益圧縮の方法は、架空仲介手数料の支払いその他の架空経費の計上や工事原価の水増し、売却益や資産の過少計上(除外)など、一般の脱税事犯と全く同種の不正の手段を用いたものであるにも拘わらず、いずれも修正申告ないし更正決定に基づいて本税、重加算税等を納付することによって処理が終わり、これら有名巨大企業が脱税として告発、起訴された例を見ないのである。告発されないことの合理的な理由として強いて考えれば、それら企業の所得が巨大であるため、逋脱額が数十億の巨額に達しても逋脱率が低い、ということであろうかと思われるが、国の徴税権を侵害する度合いは、中小企業による数億円の法人税逋脱よりも遙かに大きいことは明らかである。

これらの申告漏れを指摘された大企業の弁解は常に「税務当局との見解の相違」ということであるが、「見解の相違」として脱税の犯意を阻却するような手口の脱税は、むしろ本件被告人のような単純幼稚な手口の脱税よりも悪質とさえ言えるのではなかろうか。

こうした客観的事情よりするも、前述のような実質的逋脱額及び率の、しかも脱税の手口は極めて単純で、たった一回の土地売却に伴う本件脱税事犯について被告人に実刑を科するのは、社会的均衡を失し著しく重きに失する量刑といわざるを得ない。

2.短期間のうちに多額の利益を得ていたことを悪い情状とされている点について

原判決は、本件土地の購入・転売を短期間のうちに行った、として、その実体を、土地ころがし、と見ているようであり、本件土地の取引を単純な単品売買として把れえば形としてはそのような見方も成り立つであろうが、本件については、少なくとも被告人の意図はもともと単品売買にあったのではなく、本件土地周辺が風俗営業を中心とする歓楽街であるのを、その一帯を纏めて地上げし、有名デパートの進出基盤を作ることによっておのづから地域の健全化が期待できることになる、との発想のもとに、その計画実行にはかなりの困難を伴うことを覚悟のうえで、土地買収を進めようとしたものであり、いわば地域の健全化によるロケーション価値の向上という付加価値をつけて商品価値を高めようとしたものと言い得るところ、本件土地取得後六か月を経た頃、不動産取引に全く経験のない被告人が本件土地を取得していることに目をつけた織田の奸策に乗せられて比較的安価に単品売買の形で本件土地を取り上げられる結果となってしまった、という経緯があり、世上いわゆる地上げ屋のような強引な立退交渉をした事実もないのであって、大企業の不動産業者が行う一般の不動産取引と全く異なるところはなく、(一)4.に記述したように原判決が「地上げ屋の暗躍」と称するような取引形態ではなかったのであり、また原判決のいう「土地ブームを見込んで」(前述(一)3.)とか「地価高騰が社会問題化している今日の情勢に照らすと」前述(一)4.)とかの情況分析も、被告人の本件土地取引の意味付けとしては当たらないものと考える。

却って、原判決が前述(一)2.で指摘する事実は、本件脱税が単年度かつ唯一回の不動産売却によって生じた所得についてその一部を逋脱したに過ぎないもので、たまたま取引金額が大きくかつ地価高騰の客観状勢が幸いして利益が多額となったとはいうものの、極めて単純かつ稚拙な事犯としてむしろ同情に値するとの評価がなされて然るべきものと考える。

すなわち、一般の脱税事件は、概ね二乃至三年度に亙り、多数の取引について継続的に売上除外、架空経費の計上等の不正経理を行い、かつ不正経理を隠蔽するため、税務当局の反面調査に備えて取引先についても数々の偽装工作を完了し、或いは仮名預金等で簿外資産を密かに蓄積するなど、計画的かつ周到な脱税をはかるのが通例であるが、本件被告人の場合は、後述するように、不動産取引とは全く関係のない健康布団の訪問販売をしていた過程で、たまたま金融機関からの勧誘もあって知人から持ち込まれた不動産の買収が実現した後、東大興産の織田の伊勢丹百貨店進出のための歌舞伎町地上げプロジェクトのための資金作りを口実とする不動産売却名下の融資の話に乗せられた結果、不動産取引を開始して最初に取得した物件を、東大興産に始めて売却する形をとり、この一回限りの取引について、被告人二木自身も右取引の実態について悄々曖昧な認識のまま、銀行対策上単純に売上に計上するとともに一部売上を除外し、当該物件の仕入れ高に算入されることとなる仲介手数料を過大に計上するという、決算上の数字の操作によって所得を隠蔽する結果となったものであって、税務当局が調査すれば立ち所に仮装が露見するような、まさに一回限りの単純稚拙なもので、しかも実質的には後述のように中間ブローカー等への手数料ないし報酬前渡し的意味合いの出費(前述仮払金ないし貸付金処理をしたものを含む)が嵩んだため、さしたる留保資産も残らなかったのが実体であり、このことは客観的にも極めて明白である。

本件対象年度の税務調査にあたった所轄税務署担当官も、本件公訴事実と殆ど同様の事実認識のもとに決算書勘定科目の是、非認をしながらも、右の事情を汲んで、被告会社については修正申告をするよう指導され、税務担当官から指摘を受けた被告人は、何らあげつらうこともなく素直に申告の準備をし、修正のうえ速やかに納税すべく取引金融機関に納税資金借入及び都合によっては分割納税のお願いの下準備までしていた矢先に、如何なる事情によるものか突如として東京国税局の査察部による臨検、捜索、差押を受けてしまったものである。

この点について、被告人二木は昭和六二年二月二四日付け上申書26頁で次のように述べている。

(六一年九月に税務調査に来られた豊島)税務署の阿部さんから、織田との売買契約に基づき「発生主義ですから、未収とか仮払金で計上して下さい。回収できない金は今期で計上して下さい。貸付金名目で渡している金員も乗せて下さい」と詳しく指導を受け、私の申告に間違いがあったのなら早速訂正しなければならないと思い、楢原会計事務所と新入社員の久野(経理担当)を立合わせて税務署の阿部さんと話し合ってもらい、修正申告の手続きをしたのです。その直後久野の兄さんだったと思いますがガンで入院したとのことで手続が一〇日間位遅れましたが、豊島税務署とは修正申告で済ませて貰うように話は出来ていました。

ところが、そのように所轄税務署との話がついて二〇日位経った時、突然国税局査察部の調査が入ったのです。

右の経緯については、証人楢原功も同様の証言をしているところであるが、もともと所轄税務署が税務調査の過程で不正経理を発見した際に、悪質高額な逋脱と判断した場合には査察部へ事件を引き継ぐものの、さほど悪質でなく素直に修正申告に応ずる場合は査察に引き継ぐことなく修正申告を勧告して徴税の円滑化をはかるにとどめる実例は珍しくないのであるが、本件の場合は、たまたま不動産の売却先である東大興産の織田晴行が、かねてから東京地検特捜部の取り調べをうけており、その容疑事実が、織田の勤務先であった住友商事(建設不動産部)と同社出入りの不動産会社とで計画していた町田市大規模住宅団地の地上げプロジェクトに絡んで、住友商事幹部の織田らが、昭和五八年四月頃までに、住宅金融会社から地権者名義の偽造土地売買届出書を提出するなどして用地買収資金融資名下に巨額の金員を騙取した(因に織田が住友商事を懲戒免職になったのは同年七月二一日)との事実であって、織田が昭和六一年一〇月二二日特捜部に逮捕され、同年一一月一二日右融資金のうち一六億二千万円の融資詐欺により東京地方裁判所に公判請求され、本件被告人に対する原審判決言渡しと相前後して織田が懲役三年の実刑判決を受けていることは裁判所に顕著な事実であるが、右のように東京地検特捜部が、有名商社である住友商事の絡んだ事件として、関連容疑も含め事件解明に格別の熱意を抱いたであろうことは容易に推測できることであり、織田を繞る金員の流れを追う中で、前述織田に対する容疑事実に類似する被告人二木との歌舞伎町プロジェクト及び被告会社との本件不動産売買の事実に捜査が進展し、被告会社の脱税容疑が浮かんだため、織田の加功の有無の捜査も含め、特捜部から東京国税局査察部に調査告発方が勧告され、これに基づいて前述のように被告人二木も意外と感じたような査察着手となり、さらにそれから間もない同年一〇月二八日(織田逮捕の六日後)特捜部による被告人二木の身柄拘束と、関係先の捜索差押という厳しい捜査を招来したものであると解される。

即ち通常、東京国税局の査察着手後告発までは、早くとも六か月前後を要するのが実情であるのに、本件のように、査察着手後日ならずして地検特捜部が身柄拘束する(当然その前に国税局からの告発がなされる)のは国税局の着手事件としては異例であって、東京地検特捜部の主導による本件摘発であることを示すものであり、弁護人が敢えてこのような捜査経過を改めて指摘するのは、被告人二木の本件脱税に対する刑責追及の妥当性の有無について云爲する趣旨では全くないのであるが、敍上の経緯、事情に鑑みれば、たまたま被告人二木の取引相手が世人の注目を集める住友商事の関連容疑者織田晴行であったことが、極めて世俗的な意味で「被告人にとって不孝なこと」であったと、弁護人として若干の同情を禁じ得ないのであり、最初に税務調査に当たった豊島税務署担当官の、修正申告によって処理すべし、との判断こそ、まさに本件脱税の必ずしも悪質ではないことを示しているものと言うことができるのではなかろうか、と思料されるので、本件の情状として裁判所にも御理解を賜りたいと考えるが故である。

3.及び4.犯行の動機及び被告会社の営業の内容にも特段酌むべき事情はない、とされている点について

本件被告人が、いわゆる地上げ屋的営業に基づく不当な利益を得ようとしたものではないことは、右にも述べたとおりであり、土地の取纏めと、これをできる限り有利に、かつ社会的に有意義な用途に利用する最終ユーザーへ転売しようとすることは、不動産を取り扱う業者の営業努力として極めて通常のことであり、一般に、動機ないし使途が悪質と評価されるような、例えば

(1) 被告人の私財を密かに蓄積する

(2) 個人的な債務の返済に充当する

(3) 被告人の情婦の生活費その他派手な飲食遊興費を捻出する

(4) 被告人ないし家族が贅沢をするための資金とする

など、いわば私利私欲のための脱税でないことは、原判決も認めているところであって、本件被告人の場合は、むしろ脱税による留保資産を、プロジェクト協力者に対する手数料ないし運動費用の前渡しや、被告会社の事業運営に必要な裏金などに支出して、殆ど手許に残しておらず、このため不本意ながら納税資金捻出にも苦慮し、家族の現住土地家屋までも売却換金しようとしているのが実情であって、むしろ同情に価する情状と考えられるのである。

5.犯行の態様について

(1) 被告人が、本件土地売却代金につき、坪当り一、〇〇〇万円分を除外するとともに、架空の仕入高を計上した点を悪質な情状の基本と摘示されているのであるが、右除外金額のうち、坪当り五〇〇万円分を、確定した売買代金と見るか或いは未確定債権と見るか、さらに本件売買契約を、契約書の文言通り実質売買と見ることが妥当か否かにつき、前述のようにかなり疑問点が存し、原審における証拠調べの結果に徴しても、本件所得発生の唯一の原因である歌舞伎町一五の二〇、二一、の土地の東大興産への売却が、資力の乏しい不動産業間の常識からみて、売買代金の授受や不動産登記手続の内容においてかなり変則的なものと言わざるを得ない実情にあることは間違いなく、しかも被告人二木と織田らの関係者の証言ないし供述との間には基本的な点で重大な齟齬があるところ、織田の検察官に対する供述調書の記載並びに当公判廷における証言にも重要な事実について曖昧さや矛盾点が指摘できるのであって、被告人の原審公判廷における供述に強ち排斥できない点も存することは、原審が判決において、被告人に有利な又は同情すべき事情として、「被告会社が東大興産から受領すべき売買残代金三億三、〇〇〇万円の支払いを受けておらず、将来的にも回収困難であって、このことは東大興産側の言い分はともかく、被告人及び被告会社にとって大きな痛手として同情すべきところがあり、しかも売上除外の半額を占める右売上未収金を被告会社の所得から除外しようとの気持ちを抱いた点については、心情的には理解し得ないものではない」「本件土地の売買は、被告人及び被告会社にしてみると結局東大興産や不動産ブローカーらの資金作り等に利用されたとの受け止め方をせざるを得ないような結果となっており、かかる結果を招来させるに至ったのは、被告人及び被告会社の」「本件地上げ事業に対する取組姿勢の結果であるとして何ら同情するに値しないと断定するのはいささか酷である」旨認定している点からも優に推認することができると考えるが、本件売買契約の内容をめぐる被告人及び織田ならびに関係人の原審における供述内容の対比とその評価等については、前述(一)1.においてこれを要約したうえ弁護人の立場よりする証拠の評価を結論的に述べたとおりであり、繁を避ける意味で、その詳細は弁護人の原審における弁論要旨7丁表六行目以下28丁表二行目迄の記載を援用するにとどめるが、所轄税務署担当官阿部氏すら、三億三、〇〇〇万円の未収金計上については少なからざる疑問を抱いていた、という事実を改めて指摘しておきたい。

また、原判決は、大胆かつ悪質な犯行の態様の一つとして、架空の仕入高の計上を指摘しており、その修正損益計算書上の認定額は検察庁の冒頭陳述書と同額であるので、右冒頭陳述書の「逋脱所得の内訳明細」と同趣旨の認定がなされたものと認められるのであるが、右内訳明細によれば三件の違約金及び仲介手数料の水増しないし架空計上として

合計約九、六五〇万円

が否認されている一方で、本来公表帳簿に計上されて然るべき支払手数料、登記料などの仕入れ原価となるべきもので計上洩れとなっていたものが

一七件合計五八、六三七、六九〇円

にも達しており、原判決もこれを認めて修正損益計算書の仕入高として加算しているのであって、被告人はこのように、一方で高額の損金計上洩れをしておりながら、他方で安易に仕入れ原価の架空、水増計上をするという、些か滑稽とも言える極めて雑駁な決算処理をしていたのであり、被告人自身が経理に疎いのみならず、被告会社の経理担当者及び被告人の依頼していた税理士も、必ずしも綿密で確かな処理をしていたとは言えないことは、被告会社の決算書を見た銀行の担当係員からその杜撰さを指摘される程であった(被告人の上申書二三頁)ことにも現れており、また前述売上除外にしても、予め取引の相手方と打合せたり書類の整備をしたりすることもなく、一個の売買取引のみについて決算に当たり一方的に単純な数字の減額をしているのであって、計画性は全く認められず(坪単価三、〇〇〇万円とする虚偽売買契約書も、事後的に作成しようとして果たさなかった)、しかも右売上除外のうち、先に述べた未収金の三億三、〇〇〇万円を除くその余の三億三、〇〇〇万円にしても、そのかなりの部分は、歌舞伎町プロジェクトに関連する被告人の土地買収活動の協力者、仲介者らに対する報酬金ないし手数料の前払ないし仮払い的支出に充当されており、その中には、若し被告人ないし経理担当者において実態に則した厳密な仕訳を励行していたならば、本件土地の原価ないし売却費用として対象事業年度の損金処理をすることが充分認められたであろうと考えられる支出が少なからず含まれているにも拘わらず、そのような正規の経理処理による正当な節税の工夫は全くしなかったため、それらの支出はすべて貸付金(それも回収不能となる可能性の多いものが殆どである)ないし仮払金として資産勘定に計上することになり、結局、計数上の所得の大きさに比して実質的に手許に留保されている資産が少ないところから、被告人は、單的に前述未収金相当分のほかにさらに坪当り五〇〇万円の売上除外を発想したものであって、いずれにしても被告人の脱税の態様が極めて稚拙かつ単純で非計画的であることを示すものと考える。

(2) 内容虚偽の売買契約書の作成について

被告人が内容虚偽の売買契約書を作成して税務調査に備えようと計画したことは事実であるが、結果的には契約の当事者である東大興産の同意が得られず、虚偽契約書の作成備付けは失敗に終わっており、しかも、被告人の右計画は、相手方の同意を得ることの凡そ期待できないものであったことは先に述べたとおりであって、この点からするも被告人の脱税の手段方法は、通称の税務調査によって直ちに馬脚の現れるような幼稚なもので、悪質と見るは全く当たらないと考える

(3) 宅地建物取引業法違反について

原判決は、被告人が不動産取引業には法定の免許を得なければならないことを知悉しながら、昭和六〇年以降不動産取引業に専念し、地上げに取り組んできた、と悪質な情状の一つとして指摘しているが、被告人としては、少なくとも被告人の主観的意図としては、歌舞伎町プロジェクトという一個の事業を遂行しようとしたのであって、決して「多数の不動産取引を継続して行う」という一般的不動産取引業を営もうというものではなかったのであり、また被告人が、右取締法規の存在を無視して敢えて違法行為を敢行したものでないことは、次の証人印出勉の第六回公判期日における証言によって優に認め得るものであり、犯情は極めて軽いものと考える。

証人は宅地建物取引主任という資格をもっているわけで、この二〇、二一というような物件の一応売買契約を締結したというようなことについて、行政法規に触れないということは考えたことはありませんか。

つまり二〇、二一ですか・・・。

そう、宅建法違反という・・・。

当時ですね。恭和企業は免許を持っておりませんでした。しかし、それは買取資産の中で、自己資産をただ単純に何度かにわたって、あるいは分割してエンドユーザーに渡すものではないから、自分の資産をただ単純に計画があったものを計画方針変えの中で資産を売却したという形であれば、一度の売買であれば、ちょっとそれでもどういうふうに言われるのかなと難しい部分ではあっても、一度の売買であれば、資産の売却として宅建業法違反とまではいかないんじゃないかと、少なくとも悪徳業者がいわゆる宅建業法違反したという感覚で、ちょっと心配だなという程度は残ったにしても、資産の売却であるからという感覚でおりました。

そういう点について一応考えたことは考えたんですか。

私自身はそういうふうに思いましたから。ただ。社長達はちょっと感覚が違っていたというよりも、自分の資産を売却するなら何の問題もないという感覚でいらっしゃったと思うんですね。

思うというんですか、そういうことについて話したことがあるんですか。

ですから、これから先やっていくと恭和企業ではだめですよと、当時恭紳が免許申請中で免許がまだ下りておりませんでしたので、それは将来当然恭紳で切り替えてやっていかなければならないんだと、それについてはこの協定書の中でも恭和とありますけれども、そういう意味合いも含めて、私が実は協定書の中で立会人ということろで、まだ免許が下りていない中で・・・。

免許というのは会社に免許が・・・。

会社って、恭和企業でなく恭紳で申請しておりましたから。

恭和では申請していない。

はい。当初は恭和でやるのかなと言ったら、新しい会社でやるということでしたから、そういうことだったもんですから。

本来、不動産業は新しく設立した恭紳のほうでやることにするという予定で不動産業のその免許申請はしてあったと、しかし免許は下りていなかったと。

その時点では下りておりませんでした。

そこで、取りあえず恭和企業の資産として所有しておる物件を処分するということなら、ちょっとどうかと思うけれどもまあ、よかろうというつもりで恭和企業でやったと、そういうことですか。

はい。

あとまだプロジェクトでいくと、外の物件を買って地上げして売るということが入ってくるわけですね。その当事者に恭和企業がなっておるわけですが、それはあとのも恭和企業で引続き売買をやってるということではなかったんですか。

いや、そういうことにはならないと思います。ただ、それはその後の恭紳という会社でいきなり買うという形が難しければ、今後恭和企業が借りたものを恭紳が借り受けるということはあり得るにしても、先方自体も、織田さん達は分かっていたはずです

何を。

その恭和から恭紳になりますよというのは、私が何度か説明してありますから。

つまり協定書には当事者として恭和企業になっておるが、いずれ恭紳が不動産業の免許を取ったら恭和でなしに恭紳でやることになりますよという話を織田さんには当時から一応了解を得てあったと言うことですか。

了解を得たと言うことではなく、当然そういう話は私がしました。水田さんにも織田さんにも。免許ないですから免許のある会社で出してもらいますよと、ですから、恭紳の立会人だけにしておきますということで、私、立会人の判こ押してあるのがあるんですよ。

前同の甲九三の供述調書末尾付の資料1を示して

土地建物売買契約書の末尾の当事者の甲乙の捺印の次に、仲介人として証人が捺印していますね。

はい。

これは仲介人、株式会社恭紳となって、通常はここに代表取締役の印を押すのが通例ですが、ここへわざわざ代表者なしに営業部長印出勉としたのは、その下に宅地建物取引主任者という表示をしておいたのはどういう配慮かということをあらためて質問します。

当時、まだ恭和企業も恭紳も免許が・・・、恭紳はまで免許が下りていなかった。申請中だったもんですから、不動産の取引に関して、やはりそういった不動産業違反とかを心配しまして、普通であれば恭紳二木恭男になるんですが、まだ免許が下りていなかったんで、私が個人的に宅地建物取引主任ということで携わっておりますよということで、そういう配慮をして私が載せたんです。このときも将来の話をして、今、免許申請中ですからと織田さんにも話してあると思うんです。まだ、免許下りていないから私個人名の形で立会いますよと、こういう話をして私が載せたものなんです。

そんなことは社長はどういうふうに考えておりましたか。

社長もそのように考えていたんじゃなかろうかと思いますが・・・。

6.虚偽の更正請求について

被告人が一次的虚偽の更正請求を行ったのは、たしかに悪い情状と見られてもやむを得ない点であるが、これも税務調査で直ちに露見し、一部は全く根拠の無いものでもなく、認められる余地もあった模様である(証人楢原功の証言)が、結局被告人が自発的に全部を取下げており、この点も稚拙かつ単純卆直と考えられ、さほどの悪質性は認め難いものである。

7.法人税等の納付が少額であることについて

被告人が、本件対象事業年度の法人税について、本税も完納できない状況にあるのはまことに遺憾なことであり、裁判所の格別の御配慮によって納税のための時間の猶予を戴きながら、後に納付状況を述べるように、今日に至って未だに多額の未納金を残していることは誠に申し訳ない次第であるが、これまでにも述べたとおり被告人には本件土地取引による実質的な留保所得が極めて少額であって、その意味ではもともと担税能力に乏しいことを御理解願いたいのである。

三 その他被告人のために考慮されたい事情について

原判決が、被告人に対し実刑を科する量刑の根拠として掲げた悪質な情状が、むしろ被告人に対する有利な情状ないし少なくとも左程悪質ならずと評価されるべき一面を有するものであることは、敍上のとおりであるが、原判決も被告人にとって有利な又は同情すべき事情として認めている諸情状に照らせば、被告人を実刑に処することは余りにも酷に失すると言わざるを得ない。

1.原判決も認めている(判決書8丁裏)ように、本件不動産の売買は、結局東大興産や不動産ブローカーらの資金作り等に利用されたとの受け止め方をせざるを得ないような結果となっており、特に売上除外のうちの半額については、東大興産織田の法廷証言でも明らかな通り、実質的には回収不能となることが殆ど確定的であって、そのような未収金を被告会社の所得から除外しようとの気持ちを抱いた点については、原判決も心情的に理解し得ないものではない、としているのであり、さらに進んで、右未収金以外の売上除外についても、これを除外しようとした点について、それなりの同情すべき事情があったこと、従って、もし本件土地の売却先が、東京地検特捜部の捜査対象となった東大興産の元住友商事社員織田晴行でなかったとするならば、果たして本件が査察の対象として取り上げられることになったであろうか。むしろ所轄税務署担当員の此の間の諸事情に理解を示し、所得額についても本件公訴事実(原審認定事実)よりもいくらか流動的な判断に立った勧告がなされ、修正申告により処理された公算が極めて大であったことなど、本件脱税事犯の特殊な性格を大局的に秤量されれば、実刑を以て臨まなければならない程の悪質事犯ではないことが明らかであると信ずる。

2.納税状況

原告の結審後、被告人は本日迄にさらに三、〇〇〇万円を納付し、合計約五、〇〇〇万円を納付済であるほか、納付資金として千葉県山武群芝山町大里字石仏所在の土地の山砂採取による収入ないし採取権の処分代金や、現住家屋の売却代金、被告会社及び関連企業所有不動産の売却代金を充当すべく努力しているが、折悪しく不動産業界が冷え込んでいるため、実現の遅延しているのが遺憾である。

その他、被告会社の本件による対外信用低下を慮って設立した新会社恭和工業株式会社開発にかかる動力用ボイラーの省エネルギー装置は、日商岩井株式会社が販売代理店となり、日本たばこ産業株式会社ほか帝人株式会社、住友ゴム株式会社その他多数の有力企業と契約交渉中であり、数か月中には現実の売上が順次発生し、納税資金として被告会社に融通できる体制が整いつつあり、国税局担当官の了承も得つつあるところである。

(追加立証予定)

3.本件脱税事犯に対する被告人の対応について

本件が、査察及び捜査の対象となった当初の段階において、被告人に対し、売上除外にかかる未収金相当分の債権不存在や、対象事業年度における高額の仲介手数料債務の存在などを、別途民事訴訟によって作出することにより所得額の減少をはかり刑責追及を免れるべき具体的方策を伝授しようとする向きもあったのであるが、被告人はこれに応ずることなく、事実をありのまま卆直に開陳して潔く司直の裁断を仰ぐべく決意し、民事訴訟においても真実に則した主張を続けて今日に至っている(追加立証予定)のであって、この点も被告人が既に当初よりその非を認めて深く反省していた証左であり、被告人の真面目かつ正直な人柄を示すものでもあって、被告人のため有利な情状として評価されるべきである。

4.被告人の現在の状況について

被告人は、被告会社のほか、従来からの株式会社恭紳及び恭和工業株式会社等を基盤として新規事業に取組み、信用回復のため鋭意努力しており、これらの事業は被告人の個人的手腕、力量、信用によってのみその運営が維持されているといっても過言ではなく、万一被告人が実刑に処せられ服役しなければならなくなった場合は、他に被告人に代わってこれら事業を継続し得る者もなく、会社経営不能となるであろうことは火をみるよりも明らかであって、被告人を実刑をもって罰するより、心から反省し、納税のため必死に努力している被告人に対しては、むしろ困難な実社会の中に引き続きその贖罪の場を与えられることこそ、刑政の目的に沿うものと考える。

以上、本件のべての情状を考えるとき、被告人に対して実刑をもって臨むことは、被告人にとって酷に過ぎ、著しく正義に反するものとさえ言い得るものであって、原判決の刑の量定が不当であることは明白であり、速やかに破棄されるべきものと確信する。

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